先日、スティーブ・ジョブズの公式伝記本、その名も『スティーブ・ジョブズ』を読了しました。
……といっても、最初に読み終わった直後に読み返したので、既に2回読破済みなのですが。
ジョブズの人生や思想も興味深いし、著者/訳者のウォルター・アイザックソンの仕事も見事(彼の書いた他の伝記も読みたい)だし、個人的にも感じ入るところもたくさんある、とても素晴らしい本でした。
そして、内容とは別に、1つ驚いたことがあります。
「ええっ!? ジョブズって、そこまで禅が好きだったわけ!?」
という点です。
彼が日本文化のうち、侘び寂び的/禅的なものを好んでいて、それがアップル風ミニマリズムの核になっているのは知っていましたが、まさかここまで傾倒しているとは思いませんでした。
禅への傾倒っぷりは、本書のあちこちで見ることができます。
例えば、若き日のジョブズは、千野弘文老師の元で熱心に禅を学びます。どのくらい真剣だったかというと、
出家の相談もしたが、弘文老師からは、事業の世界で仕事をしつつ、スピリチュアルな世界とつながりを保つことは可能なのだから出家はやめた方がよいと諭される。(上巻p96)
と、出家を検討するレベルまで入り込んでいたらしく、また、
弘文老師との関係はその後も深く、長く続き、17年後には弘文老師がジョブズの結婚式を執りおこなうなどしている。(上巻p96)
という関係でもあったそうです。
また、空港への手裏剣持ち込みを禁止されブチ切れたときだけではなく、過去に何度も何度も京都に足を運んでいるようです。
彼自身、こんな発言をしています。
「仏教、とくに日本の禅宗はすばらしく美的だと僕は思う。なかでも、京都にあるたくさんの庭園がすばらしい。その文化がかもし出すものに深く心を動かされる。これは禅宗から来るものだ」(上巻p208)
こんなエピソードも紹介されています。
ジョブズには、子どもたちに約束したことがある。13歳の誕生日を迎え、ティーンエイジャーになるときには、それぞれ、どこでも好きなところに連れて行ってやる、だ。リード(長男)は京都を選んだ。京都が持つ禅の静けさに父親が心を奪われていると知っていたからだ。(下巻p388)
他の子との旅行も全て京都だったようです。そして、過去にあちこちブラついて自分で開拓した美味しい店などに、子どもを連れて行っていたようです。
本にはこんな風に書いてあります。
その20年前、ジョブズは、エリンの腹違いの姉、リサ・ブレナン=ジョブズがエリンと同じくらいの歳のとき、やはり、日本につれてきている。そこでリサの記憶に強く残ったのは、父親とおいしい食事をしたこと、食べ物には文句ばかりの父が穴子の寿司などを楽しむ姿だった。<中略>
京都でエリンも同じような経験をしたという。
「パパは毎日、今日のお昼はここだといろんなところに連れて行ってくれたの。すごいそば屋を知ってるって連れて行ってくれたところがとてもおいしくて。それ以来、ほかのおそばが食べられなくなっちゃった。全然違うんだもの」
地元の小さな寿司屋も、ジョブズがiPhoneで「こんなおいしい寿司は初めてだ」とタグをつけるほどおいしかった。(下巻p389)
余談ですが、ジョブズがつけたタグってどこで見れるのでしょう? 超見たいのですが……
アップル製品やアップルという会社の「シンプル」へのこだわりは、もとをただすとジョブズなりの禅の解釈なのだそうです。以下引用。
集中力もシンプルさに対する愛も、「禅によるものだ」とジョブズは言う。禅を通じてジョブズは直感力を研ぎすまし、注意をそらす存在や不要なものを意識から追い出す方法を学び、ミニマリズムに基づく美的感覚を身につけたのだ。(下巻p420)
ここまで言い切られるとすごいですね。禅を学べばアップル製品のようなモノづくりができそうな勢いです。
ただ、
残念ながら、禅の修行によっても、禅的な穏やかさや心の平安をジョブズは得られなかったが、これもまた、ジョブズらしさの一面だと言える。ジョブズはせっかちでいらついていることが多く、それを隠そうともしない。ふつうの人間は心と口の間に調整器があり、凶暴な感情やとげとげしい衝動を適度に和らげて外に出す。ジョブズは違う。いつも、残酷なほどに正直なのだ。(下巻p420)
ということではあるようですが……
なにやらこういう、侘び寂びというか、へうげものというか、禅的なものって、西洋の人の琴線に触れるところがあるみたいですね。
ビョークも何かのインタビューで、
どんな国にも絶頂期というものがあるでしょう。
日本でいうとするなら16世紀くらいがそうであるように(意訳)
(ソース)
と言ってたらしいし、先日買ったヤマザキマリさんのエッセイ漫画『モーレツ!イタリア家族』で、京都を訪れたイタリア人の一行も
と、深く感じ入っていたし。
デザイナーも、世界に認められている日本人は、ジョブズなら「禅的」と言いそうなミニマリズム風のものが多い気がします。全体としてはポップだったりキッチュだったりしても、どこか静的なものを感じさせるような。
日本のこっち方面の美的感覚って、もっと日本経済活性化につなげることできないですかね?
まあ、もちろん、日本の文化全てがわびさびを含んでいたり禅的な香りを漂わせているわけではありません。
僕もこの本を読んだ後でドンキホーテに行って、
「ああ、全く禅的じゃない。むしろ真逆」
と思いましたから。
だから、ジョブズがいかにこういうのが好きだったとしても、それはイコール日本が好きだということにはなりません。
この記事のタイトルが「ジョブズが日本を好きすぎる件」という、より釣り力の高いタイトルじゃないのには、そういう理由があります。



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